第四話 一念発起の男達


「いったい・・・『戦えない』ってどういうことなんですか!?」

リョウは絶望したように力無く、泣き声のようなか細い叫びをあげた。

「・・・なんでこうなったのかはオレにもわからないんだが・・・・・」

バギッ!!

眼前に迫っていた太い木の枝を、らせつの手刀が叩き折る。人の二の腕ほどもあった枯木の肢枝は、らせつのただの手刀によってあっさりと断ち切られていた。

「獣だろうが魔物だろうが-----この世のあらゆる生命に対する攻撃行為が出来なくなっちまった。殴ろうとするポーズは出来るんだが、そっから先が無い。相手が生き物だと認識した瞬間に拳がほどけて力が抜けちまう。言ってみれば-----『腰が砕ける』んだ。女みたいにな。あ、ちなみに蹴りも同じだぞ。とにかく誰かを傷つける行為が軒並み封じられちまってる。くそったれ・・・なんだってんだこんな時に」

ぽい、とらせつの手から投げ捨てられる、蛇。先ほどの枝にとまっていたのだ-----わざわざ細い部分を狙わずに太いところを狙ったのはその為である。

「オレに『聖職者』になれってのか-----?
ったく、笑えないジョークだぜ」

と、リョウが口を開く。

「でも、それが普通なのかもしれませんね。人間としては」

妙に達観した口調。思春期に垣間見える"大人"の片鱗とでもいうのだろうか。

「へっ-----確かにそうかもな。だがそんなのはオレじゃあ無い。容赦しない時は徹底的に肉体的苦痛で叩き潰すのがオレのやりかただ。これは、一生変えるつもりは無い。
それに-----今、この状況でそうなっちまったのは・・・決定的に、致命的だ」

今もなお背後から猛然と追い上げてくるレイスの群れ。
その先頭がおよそ10m後方。そしてずらずらと並んで-----夜闇にかすんで見えなくなっていく。
月明かりが森の中まで差し込んできていたのは幸運だったろう。でなければ相手の数を読み違え、正面きって無謀な戦いを挑んでいたはずだ。そうなれば全滅-----皆殺しだ。

ふと見れば、ジュドーはらせつのすぐ左隣で一心不乱に走り続けていた。どういうわけか両目をつぶって走っているのに、転びもしない。

(やるしか、ないか-----このまま朝まで走りつづけるなんざ、どう考えたって不可能だ。だいいち、直接的な攻撃ができないんなら『間接的』にやりゃあいいんだよ。
木を根元からぶち折って奴らを下敷きにするとか、大穴を抉って落っことすとか)

なんにしろ、まだすべてが失われたわけではない。
無くしたのはたった一つ。『直接的な攻撃行為』。
それ以外は、いぜん問題無く活きている。

(思考を閉塞させるな-----例え利き手が封じられても、反対の手さえ活きていれば、そこから"方法"は無限に展開していく-----)

ぐっ!!

両手に、四肢に力がこもる。
よどんでいた瞳に光が戻り、そして口元に笑みが-----皮肉げな薄ら笑いが浮かぶ。

「リョウ!!」

右隣を走る少年へ呼びかける。
視線を合わせた瞬間、リョウはこくりと頷いた。

(それを待ってましたよ-----!!)

おそらくそんなことを思い浮かべているのだろう。楽しげに、くすりと笑う。

「ジュドー!!」

今度は左隣の少年へ呼びかける。

「え? あ、はい!!」

大きな声量にびっくりして、はっと我に返るジュドー。びっくりして目をぱちくりさせている。

「起きたか-----?」

「な、ななな何を言ってるんですか、寝てませんよオレは!!」

その抗弁はきっぱりと無視するらせつ。くい、と親指で背後をさし、

「やれるか?」
「-----無理です」

がしっ!! ぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎり

「あ痛たたたたたたたたた!!
冗談、冗談ですってば!!
あああああああああ頭が握り潰されるぅーーー!!」

「・・・・・ふむ、打撃は無理だが関節技や投げ技ならできそうな気配。ありがとうジュドー君」

などと手加減抜きでジュドーの頭を鷲掴みにするらせつ。

「あ"!あ"!!あ"ぁ!!!・・・・・脳(ナカミ)が飛び出るぅ・・・・・!!!!」

「もー、何してるんですかっ!!」

話に置いてけぼりされたリョウが口をとがらせる。

「やるんじゃないんですか、らせつさん。なんでジュドーさんの頭を締め上げてるんですか・・・?」

「あー・・・そうだったな」

そう言って、ジュドーの頭から手を離すらせつ。

「んじゃ、微妙に活路が見えてきたし、いっちょいくか-----準備はいいか?」

「勿論良いです」
「オレもオッケー」

「よし、んじゃ-----行くか!!!!」

ざむっ!!

踏み込んだ足を軸にして、ぐるりと反転する。
森の視界がぐるりと回転し・・・こちらへ猛追してくるレイスの群れを捕らえ・・・・・
そして暗転した。









「・・・・・暗転?」

問いかけは声にはなれなかった。



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