『闘狂狼』 第四話「ジュドー」
ザッ−−−−−
その時夜叉は、暗い洞窟を走っていた。黒い外套をたなびかせ、力強く・・・迅速に。
じゃっ!
唐突に洗われた三叉路を前にして、全く足を止めずに、まるで道を知っているかのように即決して中央の道へ入る。その瞬間、遥か遠く・・・夜叉の後方で、岩盤が崩落するような音が聞こえた。
「・・・・・時間は、まだ・・・あるか?」
彼の声や、表情には、焦りなど全く浮かんでいなかったが・・・
決定的なまでに、終了時間(タイムリミット)は無情に押し迫っていた。
「"あれ"だけは、是が非でも手に入れなければな・・・・・」
その遺跡は、かつて『死者の宮殿』と呼ばれていた。
死霊の住む墓所。先人達の祭場・・・・不死を求める狂信者達の宴の跡。当時の異端審問機関であった王立国教騎士団によって住人全てが惨殺され、ソニアの歴史書と、王立図書館発行の世界地図から抹消された場所。
大樹海の深奥で、地下に向かって聳える王城。
『死者の宮殿』・・・"ゲイト・オブ・ヘル"。
偶然そこを発見したジュドーは、知的探求心の赴くままに、躊躇うこと無くその遺跡に足を踏み入れていた。
「しっかしなんだ、ココはよ・・・ゾンビと死霊(レイス)ばっかりじゃないか・・・」
勿論、彼にはここが『死者の宮殿』だということは知る由も無い。
そんな情報はソニアに存在しないのだから。
「おまけに深いしデカイしさ・・・いい加減疲れてきたぜ・・・・・」
『死者の宮殿』第一三階。"地獄門の間"。その名の通り、狂信者達はそこに、地獄への門を開こうと画策していた・・・。
彼がいるのはそこへ通じる回廊である。
「・・・・・・あ」
狂信者達が、その目論見に成功した、という話は無い。
だが、失敗したという話も無い。
「扉か・・・これで終わるといいなー・・・・・」
真意など、とうに失われてしまっている。歴史から抹消され、王家の伝記にも記されていない。誰もそのことを知るものはいない。
そう、狂信者抹殺にあたった王立国教騎士団も・・・そんなものは"今の王家に存在しない"のだ。
「・・・・・・っな!!??」
扉を開けたジュドーは、眼前に展開された光景を見て愕然とした。
『死者の宮殿』第一三階、地獄門の間。
彼は知る由もないが、かつてここで、地獄とのコンタクトが行われていた・・・。
「こりゃぁ・・・悪魔(デーモン)!? しかもかなりデカイ・・・上級悪魔ってヤツなのか・・・?」
彼の目の前にあったモノは、悪魔の死骸だった。
立てば全長4mはあるだろう。筋骨隆々として、赤黒い肌を持った、ニ手二足。蝙蝠の羽を持ち、頭にはこめかみから二本、額には一本の角。胸には1m大の大穴・・・ぶすぶすとまだ焦げている。
「おまけにさっきまで生きてたってカンジだな・・・てことは・・・・・・」
さっと青ざめて、あたりを・・・馬鹿でかい広間の中を見まわす。
広間は縦10m、横も10m。今ジュドーがいる場所以外に扉は無く地下なので窓も無い。中には誰もいない。
だが、悪魔は空間を渡ってやってくる。見えないからといって安心はできない。
「まだ・・・こんなのがいる・・・・・のか?」
刹那−−−!!
「・・・・・・!!」
広間の中心が赤く変色し、ぐにゃり、と空間が歪む。
ガラス細工が溶けるように、空間に猫の目のような"裂け目"が現れた。
ジュドーが呆然とそれを見ていると、唐突に・・・そこから黒ずくめの人影が飛び出してくる。
現れた黒ずくめは、飛び出してきた勢いのままにこちらへ迫り・・・
「・・・・・はぁぁ!?」
「退けッ!! おいっ!!」
どかっっっ♪
豪快に衝突するジュドーと・・・黒ずくめ。そのまま広間の外までもみくちゃになって転がっていき、何故かばたんと締まる広間の扉。ニ回転、三回転して・・・ようやく止まる二人組。
しばし、痛みに呻くだけの二人・・・。
「・・・な、なんなんだよ、アンタッ!!」
ワケがわからず叫ぶジュドー。強く打った腰をさすりながら。
「それはこっちが聞きたいな・・・・・こんなとこに人がいるだと・・・?」
先程の衝撃が嘘のように、黒ずくめは何故か姿勢正しく立っている。偉そうに腕組みなどして、何か考えているといったふうに。ちなみに、彼が着ている漆黒の外套(ローブ)には、どういうわけか埃一つついていない。
「この『死者の宮殿』に・・・・・」
黒ずくめが何かを言おうとしたその時、
オォォォォォォォォォォン!!!!!
またしても唐突に、誰もいなかったはずの広間から、この世のものとは思えない野獣の咆哮が響き渡った。
「・・・・・随分と早かったな・・・犬コロめ」
続いて、どん!!!!! と、広間の扉が振動する。
「おい、なんなんだ!? 何が起こってる!!??」
状況が全く掴めず、大声で叫ぶジュドー。
どん!!!!!
びしぃ! と、蝶番の一つが弾け飛ぶ。
「・・・お前、腕はあるようだな」
「はぁ!?」
「少なくとも、この"第一三階"まで来たんだ。並の剣士では無いのは確かだ。なら・・・・・」
ばさっ−−−−−−−−
外套が翻る。
銀髪の間からのぞく男の双眸が、凄絶に輝くのが見えた・・・。ぎしり、と、男の右手が軋み音をたてる。
どん!!!!!
二つ目の蝶番が弾ける。あと一つで、扉は開かれるだろう。
「闘え。アレと」
傾いた扉の隙間から、巨大な"獣"の片目が覗く。
「狡猾な殺戮者・・・悪食の狼。お前も聞いたことはあるだろう・・・?」
ど!! がぁぁぁぁぁん・・・・・・
扉が・・・開く。
唸り声をあげて広間から進み出たのは、純白の毛並みを持つ、巨大な狼・・・。
「あれがフェンリルだ」
『ガーン』
轟ッ−−−!!
先手を取り、夜叉が雷をフェンリルへ放つ。手加減抜き、最大威力のガーンだった。が・・・・・
びしっ!!
ガラスを割ったような音をたてて、着弾寸前だった雷が霧散する。
「・・・・・やはり生半可な魔術は効かんか・・・」
ちっ、と舌打ちする黒ずくめ。
と、そこで−−−
『うわははははは、億泰様参上ォォォォォッ!!』
何処からとも無く聞こえる陽気な雄叫び・・・・・。
「? 何だこの奇声は!?」
ジュドーが誰何した、直後、
どかぁぁぁっ!!!
天井高くから降って来た何かが、フェンリルの脳天に剣を叩きつける。ぱっと赤い血が舞い、そして・・・フェンリルの頭を真っ二つに叩き割った。
オォォォォォォォォォン!!!!!!
フェンリルの咆哮。
天−−−地下のこの場所から見える筈も無いが−−−を仰ぎ、絶叫する。
「遅いぞ・・・億泰」
「ん? へへ・・ちっと迷っちまってな・・・」
すた、と着地して、剣−−−いや、刀・・・?−−−を肩に担ぐ億泰。やけに分厚い、まるで鉈のような刀だ。
「フォムは・・・なんだか調べモンがあるんだと。すこし遅れるって」
「ああ、いいさ」
ちら、と、ようやく立ち上がったジュドーを見やり、
「代わりが出来たからな」
「・・・・・へ?」
ぽかんと、ジュドー。
「・・・まだ何かあんの?」
それを聞いて、ふっ、と黒ずくめが笑う。
「北欧の魔獣の王が、この程度でくたばると思っているのか? 仮にも先時代の大破壊に生き残った、獣神だぞ・・・?」
オォォォォォォォォォォン!!!!!
「さぁ、剣を抜け。生き残るには、闘うしか無い」
フェンリルの頭部は、完全に再生している。先程よりも獰猛に、その双眸も残忍に赤く輝いて。億泰の一撃など、"彼"の怒りを煽っただけだったとでも言うように。
「言い忘れたな。オレの名は夜叉。今は闘狂狼というモノに属している・・・」
「闘狂狼の夜叉・・・!? 聞いた事あるぞ、"あの"夜叉か、アンタ!!」
ソニアに一人変わり者の漂着者がいるといった話は、冒険者ならば誰でも知っていることだった。
何処からか流れ着いた、記憶を失った男。冒険者登録所で宮廷魔術師クラスの潜在魔力を示した男。来て早々、どこかのギルドと問題を起こした男。冒険者の間で、蔑視され危険視されている男・・・。
「・・・・・ま、そうなんだよ。悪名高い、闘狂狼の夜叉君さ」
答えたのは夜叉ではなく、億泰と呼ばれた剣士だった。
億泰、と言う名も、ジュドーは聞いたことがある。
白昼堂々街中で、夜叉に拉致された男。剣士最強の呼び声高い、フォールム・エル・リーヴァレストの友人。勇猛果敢、豪壮快活。自他ともに認める、"武人"・・・億泰。
「で、どする? 闘う? それとも逃げる? ジュドー君」
その億泰がからかうように言ってくる。重みと、説得力のあるたくましい声だ。
実際、億泰にからかうつもりなど微塵も無かったのだろうが、ほんの少し、少しだが、ジュドーの中のプライドが、ちくりと針でつつかれたように疼いていた。そして炎が燃え上がるように、闘志と、それに似たもうひとつの感情が湧き上がってくる。
「やるさ。やってやるぜ!! あんな化け犬なんかブッ殺してやるよ!!!!」
先のフェンリルの咆哮に負けない程の声量で、ジュドーが叫ぶ−−−。
オォォォォォォォォォォン!!!!!
そしてそれに呼応するかのように、フェンリルも咆える。
失われた体力を全て取り戻し、凄まじいばかりの気迫と圧迫感を周囲に撒き散らす。
ジュドーが抜刀し、切っ先を相手の眉間に合わせ、睨み据える。
億泰が刀を肩に担いだまま、ずい、と半歩ほど前へ出る。
夜叉の外套が、ゆらりと舞う。
「やぁぁぁぁぁってやるぜッッッ!!!!!!」
<第四話・後編へ>
第三話へ
第四話・後編へ
メニューへ