『闘狂狼』 第四話「ジュドー」後編


かっ−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−!!!!!


 戦闘の火蓋を切ったのは、フェンリルの雄叫び・・・・いや、息吹(ブレス)だった。北欧の雪原を統べる神狼の、絶対零度の強烈な吐息。触れるものすべてを凍結させ、そして粉微塵に破砕する・・・。

『我は編む光輪の鎧!!』

 対抗して夜叉が放った魔術が、三人を包みこむ光の防御壁を作り出す。衝撃と冷気は完全に遮断され、球形に編まれた障壁をなぞるように後方へ流れていった。

 ブレスが無駄だと悟った神狼は、息を吐くのを止め、今度はジュドー達へと駆け出す。

「来るぞ、億泰!!」

 夜叉が叫ぶ。
 それと同時に魔術の壁が消え、億泰が「応!!」と叫んでフェンリルの前へ出る。ずしゃぁ! と重厚な音をたてて刀を青眼に構え、ぐっと四肢に力を込める。

「ジュドー!! 来い!!」

 振りかえらず、億泰がジュドーを呼ぶ。

「止めるぞ、アレを!!」

 アレ−−−勿論こちらに突進してくるフェンリルのことだ。一瞬躊躇い、足が止まる。が−−−−−

「面白ぇじゃねーかよっ!!!」

 達観したように笑って、億泰の横に並ぶ。

「ブッ殺してやるさ、こんな犬コロなんざ!!!」

 へっ・・・。
 隣で億泰が楽しげに笑う。

「いくぜ!? 一撃に全てをかけるんだ!! 仕損じたら後が無いと思え!!」

「おう!!」

オォォォォォォォォォォン!!!!!



『らぁぁぁあっぁぁぁ!!』

億泰とジュドー、二人の叫びがこだまし、続いて・・・・・

がしゃぁぁぁっ!!!!

激しい破砕音。そして・・・・・

「がぁぁぁぁぁっ!!」

「うぁぁぁっっっ!!」

二人分の悲鳴が上がる。フェンリルは・・・・・

オォォォォォォォォォン!!!!!

 いまだ・・・健在!!
 が、頭の右半分と、左肩から下・・・左手を完全に失っていた。傷口から血を大量に噴出し、苦痛に悲鳴をあげて悶えている。神狼としてのプライドか、地面に倒れることはせず、あくまで立ったまま痛みを堪えているようだった。
 これを完全に癒すには、かなりの時間が必要なはずだった。

「だが・・・・・まだ、足りない・・・・・」

 床に倒れ伏しながら、億泰が力無く呟く。
 足りない。ほんの僅かだが・・・足りていない。

「・・・・・我・・・・求め・・・・・来る・・・・・・・・・・かの災厄・・・・・・・・・・・・失われ・・・・・・・再来せよ・・・・・・名の・・・・・・・・・・・契約・・・・・」

 場に流れる、微かな声。高速になにかを呟くような声。あまりにも速すぎて、断片的にしか聞き取ることが出来ない。

「夜叉・・・・・・すまねぇ。時間稼ぎのつもりだったんだけどな・・・はは」

 一瞬、視線だけを動かして、夜叉がこちらを見た。

「余計なことすんじゃねぇよ、馬ァ鹿・・・しっかり集中してろ・・・・・」

 はいつくばったままへっへっと笑う億泰。

「・・・・・・・彼の・・・・聖地より・・・・鬼か・・・誰ぞ・・・・・・・・ぞ・・・・・・・破壊の・・・・・・・深遠の淵より・・・・・・・世界を・・・・・・・永遠の龍・・・・・・・・創生・・・・・・・されども・・・・・・・・・済世者の・・・・・・・・気紛れ・・・・・・・・生き絶えた・・・・・・哀れに・・・・・・差し伸べよ・・・・・・・我が・・・・・・・気付け・」

「ま・だ・だぁぁぁぁぁっっっ!!!」

「・・・・・あっちも頑張ってるみたいだし、な・・・・・」

 横目で、ジュドーが気力を振り絞って立ちあがる様をみやり、

「さぁて・・もっかい行きますかぁっ!!」

 億泰もまた、たいして残っていない余力でもって、その体躯を起き上がらせた。フェンリルの左手と引き換えにしたあばらが、ぴし、とすれて激痛が走る。が、そんな痛みは死んでしまうことに比べればあまりにも些少なことだ。
 億泰は全く動じずに重い大刀を床から拾い上げ、再び青眼に構えた。

「もうちっと黙っててもらうぜ、イヌッコロ!!」

 そして走り出す。
 ジュドーも同時に駆け出している。

「あぁぁぁぁぁぁぁ、刎(フン)ッ!!」

どんっ!!

 億泰の刀がフェンリルの頭を叩き割り、そのまま胸元まで押し込まれていく。それと交差するようにして、ジュドーの剣もまた胸元まで切れ込んでいった。

 頭を四分割されたフェンリルは潰れた声帯からかすれた呻き声をもらし、ぐったりと頭を下げていく。しなしなと四肢から力が抜けていき、ぐったりと床に倒れこんでいった。

「やった・・・・・・」

 ジュドーが、心底疲れた声でつぶやく。おびただしい返り血を浴びて、その血から生気を抜かれているかのようだった。

「これで・・・しばらく"再生"は無理だろ・・・いくらなんでも・・・」

 同様に、億泰。ゆっくりと肉の隙間から刀を引き抜き、その重さにまかせてだらりと提げる。そして、ちら、と夜叉をみやり・・・

「そろそろだ・・・ジュドー、退がるぞ・・・。夜叉が魔術撃つから・・・・・」

「・・・え? そうなんですか・・・・わかりました・・・・・」



 ふらふらの二人が重い足取りで、びくびくと痙攣しているフェンリルから離れていく。満身創痍とはこのことを言うのだろう・・・二人とも、風が吹けば倒れてしまいそうな様子だった。

(多分・・・宿にかえったら、白竜亭のメニューフルコースだな・・・これは)

 ・・・などと、多少余裕ができた頭で考える夜叉。

(ジュドーは・・・・・多分怒るだろうな。何て言って謝ればいいだろう)

 それが一番心配だった。
 こちらが彼もことを知っていたとしても、彼はこちらのことを知らない。全く初対面の相手にこんな危険な目に遭わせられれば、その怒りは計り知れないだろう。

 じりじりと、夜叉のところへ帰ってくる二人。
 その後ろで、肉塊寸前だったフェンリルの肉体が"再生"を始めていた。彼−−−フェンリルが持つ能力、"再生(リジェネレーション)"に因るものだ。フェンリルは、その五体を粉微塵にでもしないかぎり、破片を自己修復して再生を果たすのだ。

(まぁ、なにはともあれ、アレを倒さなければな・・・・・。 ん・・・!? 何ッ!?)

 異変−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−!!

 ぐちゃぐちゃになったフェンリルの頭が、こちらを向いている−−−!!
 それだけならば何でもないことなのだが・・・・・

(ヤツめ、ブレスを吐くつもりかッ!!)

 ちろちろと、剥き出しになった気管の奥で冷気が渦巻いているのが見える。

(肉体の再生を後回しにして、戦闘器官の再生を行ったか・・・犬畜生にしては考えたな。腐っても神狼というワケか!!)

 呪文の詠唱を中断して新しい呪文を唱え、ブレスを吐かれる前にフェンリルを吹き飛ばす・・・
 今まで編んできた魔術の構成を放棄して、新しい、衝撃波の魔術を唱える。たったそれだけのことだった。全く躊躇わず、夜叉が詠唱を中断する。

「余計なことをするな夜叉!! そこでおとなしく念仏を唱えていろ!!」

 唐突に、声−−−−−。聞きなれた、説教臭いあの声。
 そして風のように素速く、夜叉の脇をすり抜けていく人影。

(苦笑剣士ようやくご到着、か・・・この多忙人め・・・・・)

 瞬間。

びっ!!

 今まさにブレスを吐かんとしていたフェンリルの頭蓋・・・そして身体が、陣風とともに疾駆った剣衝撃波によって真っ二つに分断される。まるで剃刀で紙を切り裂くように、あっさりと神狼の肉体は切り裂かれていた。左右に花が開くように、裂け目から勢い良く血が噴き上がり、床を汚す。
「まったく・・・詰めの甘いパーティだな。うかうか探し物も出来ないぞ、これでは・・・」

 そう言って、ふふふ、と苦笑する男。フォールム・エル・リーヴァレスト−−−フォム。

「さぁ、もう唱え終えただろう、夜叉? こいつが怒って暴れ始める前に、終わりにしてやろう。こんな悪魔でも、かつては神様だったんだ・・・」

(ああ・・・)

 哀れむように両目を細めて・・・・・夜叉はその元神様へ向け、もうずっと前から編みつづけていた魔術を解き放った。蛍火のように淡く白く輝く光の玉が、吸い込まれるようにフェンリルの身体へ向かっていく。

煌(こぅ)−−−−−−−

(帰るんだ・・・・・君達がもといた場所・・・・もはや忘れ去られてしまった、巨人の大陸へ)


<『闘狂狼』完>



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