23.目覚めて

「親父…っ!」

 飛び跳ねるように起き上がる。
 辺りを見回すと-----そこはもう森の中ではなかった。

 白を基調とした壁、床、ベッド。今自分にかけられているシーツ、着ている服も白。
 涼やかで清潔な室内の香り。枕元の小棚に飾られている3輪の白百合。
 窓を閉ざしている白いカーテン。
 白々と室内を照らす天井の照明。
 はだけた胸元から見える包帯も白い。

「病室…」

 おそらくは、そうなのだろう。
 パイオニア2の、医務室。以前一度だけ世話になった覚えがあった。

「帰って…来たのか。俺は」

 悄然と、呟く。
 声を出すと、包帯の下でチクリと痛みが走った。肋骨が折れているのか。
 触れる。確かめるように。

「親父…」

 たった一発で、鍛え抜いてきたはずの筋肉を打ち破られ骨を折られた。
 歴然としていた力の差。自分など遙かに及ばない境地にいた父親。

「………」

 "あれ"が、どのような技だったのかはわからない。
 教わった事も、見せてもらった事もない。
 だがひとつだけわかることがある。
 直前に垣間見えた父親の顔、あれは間違いなく死を覚悟していた顔だった。

「ク…ソッ」

 俯き、シーツの端を握りしめる。
 あの瞬間の記憶の最後、奴は笑ったのだ。まるで全てを達観したように。
 まるで溜めていた分の全てを、いっぺんに精算するように、優しく。

「…やっぱり馬鹿親父だ、テメェは…」

 証拠やその瞬間を見たわけではない。
 だが、それでも、父親は生きてはいないのだと感覚は深層で理解していた。
 親子の絆が成せる業、とでも言えばいいのか。そんなものがあるのか甚だ疑わしいが。

 不覚にも、涙がこぼれた。
 と、

「君達は、酷く不仲だったと聞いていたが…」

「っっっ!?」

 声はすぐそばから聞こえた。
 天地が逆転したような勢いでビクッと身体を震わせて、慌てて頬を拭う。

「ななななな」

 おたおたとまわりを見回すと、声の主は左手の枕元に椅子を置いて座っていた。
 死角に入っていたのか、全く気が付かなかった。

「な、何だアンタは!?」

 ベッドの上、少しだけ後ずさりしながら、問いかける。

「そうだな。だからこその君達というわけか。全くもって、面白い。君達親子は」

 その人物は妙齢に達した老人だった。
 老紳士、と表現したほうがわかりやすいか。
 威厳のある雰囲気をたたえ、意志力の強い眼でこちらを見ている。

「私はクリムゾン。君の父、鬼門院修羅をブラック・H・ハートに仕立て上げた者だ」


<次へ>
<前へ>
<戻る>