21.父として先達として
「……っざ…けんなよ…」
どうしようもない脱力感に襲われる身体を奮い立たせて、ブラックは腹を貫いているツノを両手で掴んだ。
瞬間------
身体がふわりと浮いた。
「んな…」
持ち上げられる。そう理解した時には既に空中へ投げ出されていた。
「な…あ…あぁぁぁっ…!」
高く高く、周囲の木々よりも高く放り上げられただろうか。視界がぐるっと一回転し、追いすがるように手を伸ばすシルヴィが見え---続いて晴れ渡った空が見え---そして小山のように巨大な化け物の後ろ姿が見えた処で、腹這いに地面に叩きつけられた。苦痛と激痛と衝撃が一緒くたになって身体を襲い、一瞬視界を白ませる。
「…く…ぁ……」
胃の少し下あたりに開いた傷口から、致命的な勢いで血が流れ出しているのがわかった。力と気力が流出していっている。
思考がどんよりと曇りはじめる。
『薬を……!』
ぼやけた脳味噌の中、生存本能が傷を癒せと叫ぶ。
震えはじめた腕がのたのたと動き、腰のポケットからモノメイトを取り出した。気力で食らいつくようにアンシプルを口に含む。
(……足りねェ…)
薬はほぼ一瞬で効果をあらわし、傷口の止血と肉の補填が行われた。が、失われた分の血と力はすぐには還らない。
身体に力が入らない。
(…クソッ…たれが…)
だがそれでも動かないわけにはいかない。
ブラックはがたがたと震え芯の定まらない腕で地面を突っぱね、ありったけの力を脚に篭めて立ち上がった。
回復した視界、その先に化け物が背を向けて立っている。刀を構えるシルヴィを威嚇するように唸り声をあげている。シルヴィの足下にはいまだ気絶したままのらせつが寝転がっている。
守らねばならない。命を賭してもこの二人は守らねばならない。
(汚れるのは俺だけでいい…)
父として先達として、この二人は守らねばならない。
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