20.なんじゃあこりゃあああ(松田勇作風)

「ち、ちょっと殴りすぎですよ、コレ…死んでませんよね…?」

 顔面から煙をあげ失神しているらせつを覗き込んでいたシルヴィが、心配そうな声でブラックに尋ねてくる。指で肩をつついても全く動かないので怖くなったらしい。手加減なしで数発拳を落としたらあっさりと擱座したのだが、再起不能になるほど酷く殴りつけた覚えはない。

「んー」

 ブラックは着衣と装備を直す手を止め、白目を剥いて仰臥しているらせつを一瞥した。
 鼻面に大きな痣、悪魔でも見たように大きく剥かれた白目、だらしなく開いたままの口。

(…久々だったからやりすぎちまったかな…)

 半分がたあの世に入りかけた感がある息子の顔を眺めていると、多少心配にはなってくる。

「ま、頑丈だから」

 とりあえず適当に答えておく。この程度でくたばるようには作っていない。
 短い返答を終えると、ブラックは再び乱れた戦闘服を整えはじめた。

「…頑丈…」

 腑に落ちない感じの声が耳に届く。

「…死にかけてるようにしか見えないんだけど…」

 ゆさゆさと衣服の擦れる音。肩をつかんで揺すっているらしい。

「…頑丈…」

 ぺしぺし

 頬を叩く。らせつは全く動かない。

「…あ、息してない…」

「なにぃ!?」

 穏やかでない言葉。慌てて反応するブラックに、シルヴィはしれっとした顔で

「…嘘…」

びき

 強張ったブラックの顔がひび割れる。

「…こンのガキ…」

 怒りにわななくブラックを冷めた顔で見据えるシルヴィ。

「やっぱり心配なんじゃないですか。ブラック、自分でもやり過ぎたと思っているんでしょう?」

「るせぇ。俺の予想通りに育ってりゃ何ともねえんだよ」

 外したグローブをポケットに押し込みながら機嫌悪げにぼやく。

「だいたい、そいつが弱すぎんのが悪いんだ」

「自分の思う通りに育たなかったのが気にくわないんですか?」

ざっ-----

 それを聞いた瞬間、体中の血が温度を失った。
 続いて胆の底から突き上げてくる衝動。ひたすらに不快でたまらなく不快で何もかもが不快なあの衝動。さっき息子を見かけた時に感じたあの衝動。不快な-----『自分の思うとおりに育たなかったのが気にくわないんですか?』
 衝動。

「うるせぇってんだ!」

 わけのわからない感覚に衝き動かされたまま、ブラックはシルヴィに向けて怒鳴った。剣幕に圧されて彼女がびくりと震える。たったの一喝で萎縮した少女に、ブラックが更に何ごとか叩きつけようとした。
 刹那、

「………ぁ…」

 おびえて涙を浮かべたシルヴィの顔が目に入り、ブラックははっとして我に返った。

「…ぁ…す、すまない」

「いえ…私が悪いんです…」

 心底申し訳なさそうに言って、シルヴィは俯いた。
 そしてそのまま、暫く沈黙が続く。

「……………」

 とりあえず準備は終わった。
 銃を失ったがそれは大した事ではない。
 シルヴィもこの雰囲気なら居残りを受け入れるだろう。

「……………」

 シルヴィ。仲間内でも群を抜く軽剣術と魔術の使い手。だがその実態は先輩の一声で恫喝されてしまう若い少女。

「……………」

 らせつ。幼少の頃から殺しの技を叩き込まれた戦闘技能者。だがその実態は雑念に負けて拳を壊す未熟以前の欠陥品。

「……………」

 行くべきだ。

「………シルヴィ」

 少女の名を呼ぶ。
 シルヴィはゆっくりを顔を上げブラックを見た。

「こいつを連れて…」

「ブラック!」

 ブラックが言いかけた瞬間、それに覆い被さるようにしてシルヴィが叫ぶ。

「んだよ、だから俺と一緒には…」

 気付くのが遅かった。と、後で悔やんだ。
 その時シルヴィはブラックではなくその背後を見ていた。それに気付けなかった。妙な感情が燻っていたせいだったのだろう。

「ブラック!」

 ……………気が付くと。
 腹から妙なツノが一本生えていた。

「………ぁ…?」

 熱さと、痺れ。
 それが真っ白い岩のような角だったということ。人の腕ほども太さがあったということ。
 それに自分が貫かれているのだということ。
 理解できたのはそれだけだった。その程度だった。


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