14.Why?
「立ちやがれ」
父親のその声が聞こえていなかったわけではない。動こうにも殴られたダメージで動けない。立ち上がることなど、半日待たなければ出来ないのではないかとさえ思う。
立ち上がりたいとは、切望していた。歯軋りして唇を噛みきる程に。許せなかった…父親のあの態度、あの振る舞い、それは10年前に見ていたあの姿そのままだ。
(むかつく…野郎だぜ……)
地面に仰向けに転がった姿勢。鳩尾を拳で射抜かれ後ろ向きに倒れ込んだ姿勢で、らせつは頭だけをかろうじて動かしてブラックの顔を見ている。似ているのだろう、きっと…三角な目つきや片端だけ上がった口元、全体から感じられる無愛想さ。歳を重ねればそんな顔になる、きっと、絶対に、ああなる。親子なのだから…。
(てめぇでブン殴といて…)
どむっ!
「……かぁ…ぁっ…!」
突然、ブラックがらせつを蹴りつけた。靴底で、踵の先で、殴られたばかりの鳩尾を。目眩を起こしそうな強い衝撃が身体を走り抜け、彼の身体を苛烈に揺さぶった。
「立てってんだよ」
涙を涎をこぼしのたうつらせつの上から、冷淡な声がおりてくる。
「お優しい親父様が息子の駄目っぷりを叩き直してやろうってんだ。…まさか手前ェ、そんな程度で立てなくなるなんて言わねぇよな…?」
言いながらブラックは踵をさらに深く捻じ込んだ。らせつがひときわ大きく体を仰け反らせる。
(こんの糞親父……テメェが、そうしてちゃ…)
激痛に苛まれる中、らせつはひたすらに募らせていたブラックへの憎しみ、それを溜めていた"たが"が、ある一点でぷつりと解けたのを感じた。あとはただ、解き放たれた感情の奔流が激流となって吐き出されるのみ。
「立てるわけが無ぇだろうがっ!!!!!」
じゃっ-----
らせつの叫び。それに一瞬気圧されたのか、鳩尾をおさえていたブラックの足がわずかに緩んだ。その隙を見逃さず、らせつの両手がブラックのブーツを掴む。足首を捻って関節を外すつもりだった…だが寸前にブラックは手を振りほどいて、2mほど離れたところへ後退した。
ほんのちょっとだけ表情に驚きの色を見せて、ブラックはせせら笑った。
「そう、その意気だ。息子よ」
激情が身体を支配すれば、多少の無理があってもさほど気にならない。らせつは犬歯を剥いて歯軋りしながら、無理矢理、痛んだ身体を立ち上がらせた。痛みは無い。今はただ、怒りだけを感じている。傷はむしろ、熱かった。
「さてらせつ、戦いながら幾つか訊いていこうか」
らせつのぎらつく視線に撃たれながら、ブラックは関節を鳴らして身体をほぐしはじめた。次第にその表情、雰囲気が凛と張りつめだし、静かなる闘気が厳然と膨れあがっていく。
「まずひとつ目だ」
こき、と首関節を鳴らしたのを最後に、ブラックはついに構えをとった。
「お前、なんで武器を使ってる」
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