10.Diablo

 祖父からそれを聞かされたのは5歳になった晩だった。

『ディアブロ』

 終わらない災禍。
 祖父はそう付け加えた。

「この世には無数にそれがある。そう、お前のすぐそばにも、きっとある。目に見えず、だが存在している。儂らの血族は……儂らハート(心)の血族は、千年以上にわたってディアブロを狩り続けてきた」

 バースデイ・ケーキの向こう、蝋燭の灯に揺らめく祖父の顔。優しく微笑み、だが厳めしく引き締められているような感がある。
 祖父はテーブルに肘をつき、手を顔の前で組んで淡々と語った。

「儂らは目に見えぬものを見抜き、目に見えるものをも見抜いて、確実に、着実に、狩り、滅ぼしてきた。幾つもの災禍と、無数の屍、築き上げられた墓標はもはや人には数え切れぬ。だが…それでも災禍を根絶することはできず、世界はいまだ狂ったままだ」

 その時自分は、ただ祖父を見つめていた。膝の上に両手を置き、真っ直ぐじっと前を見る。
 ケーキに誘惑されはしなかった。自分で言うのも何だが、祖父が思っていたほど子供では無かったから。

(お祖父さんは…とても大事なことを私に話そうとしてる)

 そう考えることで自然と表情が硬くなる。

「世界は戦士を欲している。それも新しき、強き力。次世代の力を。お前は気付いたかもしれぬな。これは儂が告げねばならぬのだ…儂が告げねばならぬ。決断はお前に任せる。心して聞き、心して選択しろ」

 ハート。それは心(シン)とも呼ばれる。

「災禍に相対する戦士の家号、イニシャル・ハート。儂らは新たなる"I"のハートを求めている。母の仇敵を討たんとするならばこれを受け入れよ。されば儂らは想像を絶する力をお前に授けよう。ただしそれは過酷な苦難の道となる…それも踏まえ、どちらかを選べ」

 "I"。それは幾つもの姿のイニシャル。

「いきなりで…まだぜんぜんわからないけど」

 たどたどしく言葉を紡ぐ。何もかもが初耳で…突然だった。
 祖父は穏やかに孫娘の言葉を待っている。

「私…母さんが好きだった」

 逡巡した末に発した言葉は、たったそれだけ。
 祖父は毒虫でも飲み下したように表情を険しくして、ひとつ溜息をついた。

「わかった」

 苦々しく、呻くように。

「…お前は、あの子の娘だものな…」

 今にして思えば、あれは祖父が見せた中で最高の泣き顔だったのかもしれない。



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