9.Lineage
「戦いの中で生まれた化け物なのだから」
……それを聞いた瞬間苦笑がうかぶ。身震いするほど背筋がざわつく。もどかしさにも似た感情の衝動が身体の隅々を引っ掻かきまわし、細密に張り巡らされた神経の全てを傷つけ荒らしていく。それはまごうことなく畏怖だった。とびきり極上の畏怖。畏れ、怖れ。
場所が場所でなかったらのたうち悶えたかもしれない。放たれた言葉自体が致命的な呪詛であるうえに、発した者が威力をさらに倍加させていた。聞いた者が自分でなければ、発した者が彼でなければ、それは単なる呟きでしかなかっただろう。
(こういう場合、諸手を広げて出ていって抱擁すべきなのかね)
痙攣しそうになる身体をきつく両手で抱きしめて、なんとか気分を取り直そうと皮肉を考える。近くにあった茂みに背中を預け、頬を枝葉が傷つけるものかまわずに葉々の間に埋もれていく。
(まいったね…"任務(ミッション)"の途中であいつに会うなんてよ。ここは宇宙だぜ? なんつう偶然だ…)
呪詛はまだ彼の身体を蝕んでいる。より強さを増してきたかもしれない……抱きしめている指先が小さくわななきはじめている。
(あー…調査隊名簿見ときゃー良かったなぁ……)
正規の手続きを踏まずに地表へ降りたため、調査隊のメンツは全くわからなかった。別に知らなくても任務は遂行できると思っていたのだが……まさかこんなイレギュラーが向こうからやってくるとは予想もしていない。
とりあえず彼は茂みに深く深くめりこんでいった。ボディースーツの背中で枝葉をかきわけ、やがて太い幹にあたって止まる。その頃には完璧に茂みの中に入り込み、外からは全く見えないようになっている。そうか…自分は隠れようとしていたのか。そう思いついて、苦笑する。震えは全く止まらない。
(……何を今更…か。まったくだよ。「何を今更」だ。何を今更…してきたことの償い…そんなもの、できるはずもないというのに)
わななく指。腕…肩。身体すべて。思考も重苦しく鈍っている。外側から浸食される感覚と内側から膨張していく感覚。それらが同時に発生し反発しあって、例えようのない不快感を覚える。
なんとか無理矢理作った皮肉な笑みだけが、今残されている唯一の自我だった。強がりと欺瞞。一時的な偽装。きっかけであり最後の牙城。最後の我。
(この歳になってガキみたいに迷うとはね……俺も本当にヤキがまわったな。そろそろ引退……か?)
引退。
(冗談じゃねぇよ)
閉じた茂みの外を見るように、目を細め、彼は笑みを強くした。
(この戦いに終わりは無い。俺もまた…終わらない。死すべきその時まで抗い、争い続ける。それが出来なくなった時が俺も終わりだ。すなわち、死)
終わらない災禍。
(それを終わらせる為に俺は此処に居る。終わらないものを終わらせる為に…終わり無き災禍(ディアブロ)に終焉のうたを聴かせる為に。だから俺はブラック・H・ハートだ。黒き・辛辣なる・心臓。ブラック・H・ハート)
ブラック・H・ハート。
それが彼の名前。
(息子よ。人は人生の最後まで足掻き続けなけりゃならねぇ。生き続ける限りな。それは永遠に変わらない、永遠に終わらないものかもしれねぇよ。でもな……)
息子の名前……それは
(それを終わらせられるかもしれねぇ。そうだろ? 誰にもまだそれは証明されてないんだから。だから俺は…此処にいるのさ。強く生きる為に。お前にもそう教えたはずだろ? ……らせつ)
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