5.Red sheet on the green

「こういった乱戦はあやつの最も得意とする手合いですからな」

 老人は宇宙(そら)を…透明な天球を通り越して見えるラグオルを見た。

「我が外法召喚術を納めた8番目の心臓。ラグオルではフォトン濃度が高くて召喚術はまともに使えんでしょうが……それだけがあやつの得意ではありませんからな」



 パイオニア2とラグオルを結ぶ転送機前の広場に戻ってきたらせつは、そこにひろがる色々なも のを見た。
 血に染まる草地。破壊された転送機。散らばる亀の死骸。散らばる人の死体。
 惨憺たる虐殺の跡。

「クレイ……」

 見知った顔を見つけ、その側に寄って呻く。

「……酷いもんだな、こりゃ…」

 べっとり粘つく血にまみれ、放り投げられた人形のように捻れて倒れている男。青いボディスーツの胸部分には斜めに大きな裂け目が開き、血糊が乾きはじめた傷口の奥の肉がてらてらと光っていた。

(墓をつくってやりたい所だがな……いつ襲撃されるかわからねぇ以上そんなことをしていられる余裕は無い。すまねぇ…)

 今らせつが彼らにできることといえば、黙祷してその冥福を祈ることくらいだった。

「……お墓、作ってあげたいね」

 それまでじっとらせつのその背中を見つめていたシルヴィが、陰鬱に沈んだ声で言葉をかけてくる。
 振り返らず死体に目を落としたまま、らせつは小さな声で彼女にこたえた。

「全部終わったら、きっちり弔ってやるさ」

 それまで腐らなけりゃな………。
 これは心に押し留め。

「ま、とりあえず、だ……」

 らせつはふぅと息を吐き出すと、おもむろにクレイのそばに座りこんだ。クレイから1mほども離れていない地面に落ちている黒い「物体」を拾い上げ、それに付いている血を掌で拭ってやる。
 ひととおり撫で終わり全身が綺麗になると、「物体」は嬉しそうにぷるぷると身震いして、ふわりと飛び上がってらせつの左肩の上に浮いた。

(……これがマグ、ねぇ……)

 ここへ戻ってきたのは、つまるところシルヴィに言われるままこの「マグ」を回収するためだった。エネルギーを摂取して進化する、生命ある防具。所有者の血液を組み込み、所有者だけを主人と認識しそれを助力する生体兵器。現状、これを無くしてあの化け物をかわすことは出来ないと彼女は言っていた。

「で……これでいいのか?」

 肩上でぷるぷる震えまくる黒塊を煩げに押さえつけ、らせつは顔だけを振り返らせてシルヴィに訊ねた。

「ええ。だいたいのマグはそのあたりに浮いて勝手についてきてくれるわ。よっぽどのことがない限りマグは主人として登録されている人のそばから離れない。あなたが「胡散臭い」なんて理由で一回も世話もしないまま落っことしてきたからよかったけど、なついちゃったマグがはぐれれたりしたら……寂しがって泣いちゃって、ひどいんだからね」

「覚えとくよ……だだっこの世話はすこぶる好きじゃない」

 苦笑まじりにらせつが言った、その刹那、

バチッ!

「痛てぇ!」

 突如マグを押さえている手に電流を流されたような熱と衝撃が走った。

「あはは♪♪ マグってね、ご主人様が喋ったり考えてることはぜんぶわかってるのよ。これから助け合っていくんだから、仲良くしなきゃダメよぉ?」

 けらけら笑いながら、シルヴィが右手をおさえて呻いているらせつの頭をぽんぽんとたたく。
 マグもなんだか楽しそうにぽよぽよと宙で揺れていた。

「ぐぅ……」

 痺れて動かない手を抱えて、らせつはシルヴィとマグに恨めしげな視線を送るしかできなかった。

(畜生………って、あれ?)

 その時、らせつの視線が一点にとまる。

「おい、誰だ!!」

「え?」

ふよ?

 シルヴィらが間抜けな声をあげたのと同じ頃に、らせつが捉えた人影は草むらの中へと消えていった。

「人間だ、追うぞ!」



「クリム老…パイオニア1の住民に生き残りはいないのでしょうか?」

 辛辣な顔で、総督執務席についているタイレルが老人に訊ねた。

「もし、あれを生き残る者がいるならば……それは神か悪魔の化身に他ならんでしょうな」

 老人の答えはあまりにも素っ気ないものだった。


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