「オイ、茶!」
ある4月の晴れた日。
ずかずか入ってきて、
テーブルにつくなりいきなり注文する男。
しかも、茶。
この熱い日和に。
「・・・・・」
カウンターの中で洗い物をしていた、酒場の主人・・・アケミは、
その横柄な来客をわずかに視線を上げて見やった。
客は、歳のころ20代の半ばほど。
黒髪、黒目。そして服の色も黒。
黒い皮ジャンに黒い皮パンツ。
怒っているわけではないのだろうが目端は鋭くつり上がり、
まるでこちらを小馬鹿にするような眼差しを向けている。
そして口元には皮肉げな笑みが浮かんでいてた。
「あと、ゲンコツせんべいな」
さも当然のように、注文を続ける男。
皿洗いは続けたまま、アケミは軽く溜息をつくと、
「お客さん・・・ウチは酒場ですよ。
3時のオヤツなら他外でやってくれませんか?」
意地悪そうな・・・だがどこか愛らしくもある微笑みを浮かべ、
男にそう言い返した。
「ヘッ、言うねぇ♪」
男が笑う。
先程までのふざけた態度は消え・・・心底嬉しそうに。
まるで子供がはしゃぐような、無邪気な笑い顔。
こうやって笑っている顔は、可愛いのにねぇ・・・
と、アケミはつくづく思っていた。
どんな環境で育ってきたのかはわからないが、
彼・・・らせつは、
先程のような『悪態』をついていることのほうが多かった。
自分に正直になれない・・・子供のように。
「んじゃ、オレに酒を飲ませる気かい?
オレを酔い潰してアケミサマは一体ナニをする気かねぇ」
言われて、はっとする。
彼の顔に・・・正確にはかれの笑顔に、
ほんの数瞬、見入ってしまっていた。
「バカ。
コドモに飲ませるお酒はおいてないわよ。
アナタは一生お茶でも飲んでなさい」
言って、
アケミは足元の引き出しから舶来物の『キュウス』を取り出し、
それの中ににこれまた舶来物である『ゲンマイチャ』を入れ、
沸いていた湯を注いだ。
キュウスの蓋を閉じ、
蓋を押さえつつ、
大きく『拳』とロゴの入った『湯のみ茶碗』に茶を注ぐ。
「コドモねぇ・・・
お茶なんぞジジ臭ぇ、って言ってたのは誰だったっけか?
それに、オレはこれが好きなんだよ
たぶん一生飲んでいくとおもうぜ。言われなくてもな」
まだ熱いだろうに・・・だがそんなことはお構いなしに、
つぎたての茶をすすりはじめるらせつ。
その前に、木皿に山積みにされたゲンコツせんべいが置かれる。
拳大の超硬質せんべいが、およそ20個ばかり。
うは♪
と、満面の笑みを浮かべ、ゲンコツせんべいに食いつく。
バキ。
と、凶悪な破壊音をたてて、せんべいが噛み砕かれた。
「おいしい?
今日のはちょっと頑張って作ったのよ」
にこにこと、アケミ。
自分が作った物を美味しそうに食べてもらえれば、
つくったかいがあるというもの。
「ああ、うまい」
バキ。バキ。
一体どういう歯をしているのか・・・
らせつは石ころ並に硬いせんべいを、たやすく噛み砕く。
何度も噛み、粉々にしてしまう。
すでに5つ、食べ終わっている。
「それにしても・・・
きょうは随分と機嫌がいいのねぇ、らせつ。
なにか良いことでもあったの?」
バキ。
ふと、らせつの食指がそこで止まる。
「ああ、あった」
こと、と、せんべいを皿に戻し、
「KNIGHT IN GIRLってヤツラにあったんだ。
狗愛サマ・・・っていったかな? 面白いヒトでさ。
んで、仲間にしてもらったんだ」
らせつは、さっきよりも明るい笑顔をしていた。
それを見た瞬間、ふと・・・自分の中に
嫉妬のような感情が生まれたのを感じたが・・・
それは気のせいだったのだろう、とアケミは思い込んだ。
何故そうしたのかは・・・わからないが。
「ま、見てなって。
あの人達にしこたまシゴキぬかれて、
最強のコブシヤロォになってやるからよ。
そしたら、そんときは・・・オレに酒でもオゴッてくれな」
「あ、あとな、リーダーの狗愛ってひとがな・・・!」
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