[闇、負いし者達]
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ロートサイア遺跡の奥深く・・・
その日、私はそこにいた。
「最近、この辺も盗掘家が多くなってきたな・・・」
その惨状を見て呟くのは私の横に立ちすくむ狗愛。
私達の目の前には、恐らくハンターであろう数人の死体が
内臓やら骨やらを剥きだし、地を血で埋め尽くしていた。
「悪質だな・・・」
顔をしかめる私の脳裏に過去の記憶が一瞬過ぎって消える。
「とにかく出よう、此処の空気はどうも胸に悪い」
・・・私も同感だ。
私達はその死者達に手を合わせ一礼をし、静かにその場を立ち去った。
「・・・少し飲んで気分を変えるか」
チューリピオに戻った私は、バー・ダリアの前に居た。
木のドアを押すと[ギィィ]と言う音と共にゆっくりと開いた。
「・・・・・・!」
バー・ダリアに入った私は、カウンターに居る見知った顔と目があった
「アイヴィス・・・」
「・・・アケミさん、ウイスキー、ロックでもう一杯!」
「朝から随分飲むなぁ・・・相変わらず」
苦笑しながらアイヴィスの隣に座ろうとした私に
彼女は何と肘打ちを喰らわせる。
・・・滅茶苦茶痛いぞ・・・。
「あんたなんか知らないわよ!近寄らないで!」
・・・な、何だ!?
不意の肘打ちとその一言で私の頭の中は真っ白になった。
「ど、どうしたんだ・・・アイヴィ・・・」
「やかましい!」
彼女の一喝で私の言葉は掻き消された。
・・・かなり酔ってるなぁ。
「あんたなんて知らないわ!人知れず勝手に消えるような奴なんて!」
・・・そう言えば・・・。
彼女にそう言われて、私は二ヶ月前の事を思い出した。
二ヶ月前・・・
私はKIGと言うハンターチームに所属することとなり
そのチームの仕事でほとんどバー・ダリアはおろか
チューリピオ近郊にすら立ち寄っていなかった。
その仕事とは、無論先程の惨状を作り出した盗掘家の事なのだが・・・
「済まなかった、せめて一言言えば良かったな・・・
けど、例のハンターを襲う盗掘家の事を調べてたんだ
お前もハンターなら分かるだろう?だから・・・」
「うるさぁぁぁぁいっ!」
アイヴィスは今さっきまで座っていた椅子を持ち上げて
なんと私に向かって投げ付けてきた。
こいつ・・・ここまで酒癖悪かったか!?
「お・・・落ち着け!アイヴィ・・・」
「黙れぇぇぇ!!」
私の言うことも聞かずにテーブルやら花瓶やら
ポーカーをしている客のトランプやらを取り上げ
私に向かって投げ付けてくるアイヴィス。
・・・おお、トランプのカードが後ろの壁に刺さった。
そのカードの主が怒りの形相で肩で息するアイヴィスに詰め寄る。
「あ・・・危ない!」
私の言葉は両者どちらの耳にも入らなかった。
「ねぇちゃん!何してくれ・・・」
「邪魔だぁぁぁ!!!」
アイヴィスはなんとその男の首ねっこを捕まえて
私に向かってぶん投げた。
それを間一髪で避ける私、壁とキスするその男。
・・・だから危ないって言ったのに・・・。
「やめろ!アイヴィス!死人が出るぞ!」
真剣な私の表情と、今投げられた男を何度も交互に見て
アイヴィスから離れる他の客達。
なかなか賢明かつ迅速な判断だなぁ・・・。
しかし私にはそんなにゆっくりと周りを見ている余裕は無かった。
「とぉぉりゃぁぁぁ!」
アイヴィスが私に向かって次々と物を投げる・・・。
椅子・テーブルは勿論として、皿・ナイフ・フォーク・・・人。
フォークなどは私の耳の横、数センチを通り過ぎて
[カツーン!]と言う音と共に壁に刺さる。
こりゃ・・・そろそろ命が危ないな。
「いい加減に・・・」
「いい加減にしなさい!!」
さすがのその声にアイヴィスの動きが止まる。
「あ・・・アケミおば・・・」
アイヴィスの頭にフライパンが激突する。
うーん・・・痛そうだ。
「誰が伯母さんだって?
私はそんな歳じゃないって・・・」
笑顔でフライパンを背中にしまうアケミさん。
・・・なんか・・・アイヴィスより怖いぞ。
「まったく・・・毎日泣きながら酒を飲んでたと思ったら
今度はこれ、ね〜・・・」
アケミさんの視線の先にはひっちゃかめっちゃかの店内・・・。
床には無数の皿の破片、壁からはフォークやナイフが何十本も
突き出ているし。
それらが生えていない壁にも、数人の尊い犠牲者・・・もとい
バー・ダリアの客がへばりついていると言う有様。
アイヴィスがアケミさんの子供・・・養子だが・・・でなければ
直ちにこの世から消えているだろう。
「ハッ!誰がこんな事を!」
アイヴィスは額に冷や汗浮かべつつ、白々しくそんな台詞を吐いた。
(・・・お前だ、お前。)
私がそう言う前にアケミさんの雷が落ちた。
「あんたのせいでしょうが!!!
ケヴィンが居なくなりゃ大泣きするし
来たら来たで何で暴れるのよ!」
・・・は?今、何と言った?
私は正直目を丸くした、アイヴィスの大泣きしている場面など
知り合ってから一度たりとて見たことはない。
「な・・・なんで本人の前でそういう事を言う訳!?」
「あんたがこんな事するからでしょ!」
・・・・・・・・・・・・。
明らかに動揺しているアイヴィスは
私に背を向けてアケミさんと何やら言い合いをしている。
・・・私はどうしたらいいのだろう??
「と、とにかく落ち着けよ!」
とりあえずアイヴィスの肩を両手で押えて
気を静めさせようとする私。
「なによ!あんたなんか・・・・・・!!」
[ガタッ!]
アイヴィスが何かを持ち上げた音ではない。
彼女がその場に倒れ込んだ音だ。
「お、おい!」
「う・・・うう・・・」
何やらとても苦しそうだ、酒で朱に染まった顔が更に赤くなっている。
アケミさんが顔色を変えて慌てて駆け寄る。
「こ・・・これは・・・」
「どうしたっていうんですか!?」
「この子・・・持病があるのよ!」
持病!?そんなのは聞いてないぞ・・・。
動揺する私にアケミさんは一つの小瓶を渡す。
・・・この時、私はアイヴィスが一瞬眉を潜めた事に気付かなかった。
「これを飲ませないと大変な事になるわ!」
「じゃあ早く・・・!」
「駄目よ!」
アケミさんが首を大きく横に振る。
「何でですか!!」
「これは・・・口移しでないと効果は無いの!」
「なら早くやればいいじゃないですか!」
アケミさんの言葉に即座に返す私に、しかしまた、彼女は首を横に振る。
・・・しっかり考えれば、こんな不自然な事はないのだが
この時の私はそこまで気がまわらなかった。
「違うの!これは異性じゃないと駄目なの!」
・・・はぁ!?な、何と面倒な・・・。
いきなりの事で混乱している私・・・
しかし事の展開は待ってはくれなかった。
「う・・・うぅぅっ!!」
その時突然、アイヴィスのうめき声が大きくなる。
そうなるともはや私の頭の中にはそうする事しか無くなってしまった。
「アイヴィス!」
私は小瓶の中に入っていた液体を迷わず口に含んだ。
そしてアイヴィスの頭を後ろから支えて・・・。
「う・・・んー!んーーー!」
思いっきり首を左右に振るアイヴィス。
私は支える手の力を少し強めて彼女の頭を固定し、そのまま・・・
「うぅ・・・嘘ぉ・・・」
少ししてやっと喋れる様になったアイヴィス。
安堵する私・・・の肩を叩くアケミさん。
「責任、とってあげてね☆」
悪戯っ子の様な笑みを浮かべて微笑むアケミさん。
「・・・・・・え?!」
私はいきなりと言えばいきなりの言葉に動揺せずにいられなかった。
そしてやっと喋れる程度に息が整ってきたアイヴィスが口を開いた。
「あ・・・あたしに・・・持病なんて・・・無いわよぉ・・・」
・・・・・・・・・なに?
しばらく硬直する私、笑うアケミさん、まだ苦しそうなアイヴィス。
・・・と、ニヤニヤしながらこちらを見ている他の客・・・。
・・・後から聞けば、アイヴィスは本当に持病など無かったんだそうな。
更に、小瓶の中身はただの水、アイヴィスの苦しみの原因は
ただ単に[飲み過ぎ]と言う事だそうだ・・・。
しかし、その時の私にそんな事が考えられるはずも無かった。
「と、とにかくっ!」
私は少し大きな声をあげた。
「まだ苦しそうだからアイヴィスを部屋に!」
私はアケミさんにそう言った。
・・・少々怒気は混じっていたかも知れない。
「そうね、そうしましょ・・・ふふ」
アケミさんはクスクスと笑いながらアイヴィスを抱えた。
「わ、私も着いていきますよ」
アイヴィスが心配・・・ではあるが
それよりこの場の[好奇の目]に耐えられない、と言うのが実際だ
「ふふふ、いいわよ」
アケミさんは全て見透かしたような笑みを浮かべて私に言った。
・・・この人には一生勝てないだろうなぁ。
続く
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