『夜叉』 第ニ話


 何もかもを滅ぼし尽くした後、夜叉はやはり先と同じ様、何をするでもなくそこに立っていた。
 淡い赤色の瞳は風の無い水面のように静かに輝きを湛え、例えるなら凍りついた金剛石のような、そんな気配さえ見てとれる。一言で言ってしまえば、やはり怜悧な男だと、そういう表現(こと)になってしまうのだろうが。

 彼の足元には、焼け焦げ、圧潰され、抉り取られ、捻じ曲げられ、叩きつけられ、絞られ、くびられ、切断され、その他様々な手法によってその身体をむごたらしく損壊された人間のジャンクが幾つも転がっていた。その数、大雑把な読みで、45。

 実際、夜叉の放った魔術の威力は、その一撃で人間なら根こそぎ消し飛ばされてもおかしくない程の威力だった。火炎弾一発で大地に墓穴のような大きな穴を抉り、鎌鼬を放てば鉄鎧など紙のように易々と切り裂いてしまう。手加減抜きとは、まさにこのことか・・・魔術の破壊力の大きさを、再認識させられる状況ではある。

す・・・・・・・・

 ふいに、夜叉が動いた。
 ゆらり、と、陽炎のように儚げに。重く冷えた風がゆっくりと回るように、音をたてずに踵を返す。
 まるでそこが彼の花道であるかのように、夜叉が歩くその一本の道だけが、 死体も、血も、まだ息をする死人も、何もかもがその上から除けられていた。

「・・・・・・・これが闘争の契約だ。剣を突きつける者は、その時自分もまた、相手の剣によってその身を貫かれることを覚悟して己の剣を鞘から抜き放たなければならない。貴様等は"戦い"というものを軽く見過ぎだ・・・。
あと・・・仕返しをするつもりだったのなら、相手の力量をよく計ってからにするんだな。無駄死にするのは、とても悲しいだろう? 自分の無力ぶりが、たまらなく悔しいだろう?」









「そうか、貴様等もう死ぬんだったな」


<『夜叉』完>



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