序章


 この街には鬼が出る。
 殺戮と血肉を求めて鬼が出る。
 月の明るい晩、月の出ない晩、雨夜、嵐夜、雪夜。
 あらゆる夜に、においを嗅ぎ付けて鬼が出る。

 気をつけよ、生あるものよ。
 ぜったいに視線(め)をあわせてはいけない。
 ぜったいに言葉をかわしてはいけない。
 あらゆる接触をもってはいけない。

 もしそれに触れたならば、命はもとより魂はいうにおよばず
 ひとの根源たる"存在"まで喰らわれ果てる。

 ひとよ、忘れるな。
 この街には鬼が出る。
 漆黒の闇をまとった鬼が出る。

 ぜったいに視線(め)をあわせてはいけない。
 ぜったいに言葉をかわしてはいけない。
 あらゆる接触をもってはいけない。

 この街の鬼に触れてはいけない。


<次へ>
<目次へ>