終幕


ひょう

 と、風が舞った。
 柔らかく暖かいそよ風が頬を撫でる。それがとても気持ち良くて、眠りに沈んでいた意識をたぐり寄せる。

「ん―――」

 ぱちりと目を開けると、目映い朝日が眼の奥まで差し込んできた。
 目覚めには少々きつい日差しに、思わず瞼を閉じる。じんじんと痛む眼底を落ち着かせて、今度はゆっくりと瞼を開けていく。
 見えたのは、見慣れない天井だった。自宅の天井ではない。掃除の行き届いていない、どうにも寂れた天井。

「―――――」

 もそりと起き上がる。途端―――

ずきり

 と胸が痛んだ。
 激しい痛みに身体がすくむ。
 そうして思い出す。昨晩の出来事。その前の晩の出来事。そしてそれ以前の、出来事を。

「傷が痛むか、少年」
「―――っ!?」

 その声は枕元から聞こえた。
 咄嗟に振り返ると、黒づくめの若い男がベッドに椅子を寄せて座っていた。浅く腰掛けて背もたれに身体を預けて、見ようによっては今しがたまで眠っていたように見えなくもない。
 少年と目が合うと、若い男はにやりと含みのある嫌らしい笑みを浮かべた。

「ひとつ質問させてくれ、少年。お前は―――ユダか?」

 ユダ。その単語に励起されるように胸の傷が痛みを増す。熱情に浮かされるままに過ぎ去ったここ数日の記憶。思い出す度に思い出す毎に痛みは深まっていく。
 少年は胸を押さえた。痛みを堪えるために。痛みに耐えるために。
 そして少年は言った。ブラックを真っ直ぐに見据えて、迷い無く。

「僕はアルト=クライン。今は…ユダじゃない」



第一話 完

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