序幕

ひょう

 と、風が舞った。
 周囲は夜の闇。うすぼんやりと月光が照らすのは音のない夜の街並み。
 まっすぐどこまでも続く通りの両脇には、まるで城壁のようにレンガ造りの家屋がそびえている。

 風の音以外ぴしゃりと静まり返った街通りの上を、丸まった紙くずがコロコロと転がっていく。
 さざ波のように周囲を這いずる穏やかな風。
 やがて紙くずは赤い血だまりの中に落ちた。

 てらてらとぬめる温い血液。
 それはいまだ流れ続ける。とめどなく。絶えるまで。

 一人ではない。血は一人だけのものではない。
 ただ何人かはわからない。部品部品に断ち分けられた肉塊はあまりにも多すぎて、いったい何人殺したのか見当もつかない。
 頭は…人間の頭は、三十個ばかりだろうか。

 通りは、まるで馬鹿げた寸劇みたいに血の海だった。
 端から端まで。軒下から対面の軒下まで。びっしりと血の色で染め上げられている。
 あちこちに人間の部品がブチまけられ、靴屋の入り口には足首が転がっていたり、雑貨店のショーウィンドウをブチ破って生首が皿の上に鎮座していたりした。
 常軌を逸した、というのはこういう状況を言うのだろう。死人の数、仕業の残酷さ、惨状の度合い、何もかもが悪夢じみている。

 だが街は動かない。ひっそりと静まりかえってぴくりともしない。
 闇に包まれた生々しい惨状を孕みながら、朝が来て目覚めの産声があがるまで、無音の空気を抱いて眠り続ける。



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