ザ・地雷君 鬱蒼と茂る密林の中、俺は息を殺して茂みの合間に潜んでいた。 周囲の空気は重く、ぬるい。熱帯の強い日差しは幾重もの枝葉の天蓋をかいくぐって、節操無く生い茂る下生えにこうこうと降り注いでいる。 「クソ熱いジャングルだぜ、畜生」 蒸すような空気に辟易して、苛々と愚痴をこぼす。 ここに待ち伏せしてどれくらいの時間が経っただろう。一時間―――一時間半位か? 「畜生」 ボディについた露をぬぐいながら、誰にともなくぼやく。 待てども待てども『恋人』は来ない。ここを通るのは判っているのに、絶対に会えると判っているのに、まるでこちらの心境を焦らすかのように何も無い時間だけが過ぎていく。 ガサリ 「―――っ!」 物音。草葉の揺れる音。 呼吸を止める。心音すらも意思によって止める。こちらの気配を気取られるワケにはいかない。行うべきは完全なる奇襲、最至近距離まで引き付け最大の戦果をあげる『一撃』の完遂。 (それこそがわが使命) 今まで何度となく繰り返した言葉を唱えて、意識を集中させる。 聴覚が鋭敏になり、こちらへ近付いてくる足音がハッキリと聞こえるようになる。枯れ枝を踏み折る音、草葉を踏みしめる音、枝葉をかき分ける音。 推断する。接近しているのは四人。全て男。 (予定通り、か) 男達のどれもが『標的』だった。 奴等が何をしたのかは知らない。何故殺さなければならないのかも知らない。俺はただ使命をまっとうするだけだ。「ここを通る四人を仕留めろ」という使命を。 道具だからと、自分は道具だと自覚しているせいだろう、作戦に疑念を抱いたことは一度も無い。 ガサリ ひときわ大きく草葉が揺れて音をたてる。 俺の目の前の茂みが割れて、こ汚い迷彩服姿の兵隊四人が姿を見せた。学生カバンみたいに自動小銃を首にかけて、錆の浮いたヘルメットを小脇に抱えて。 (こりゃあ兵士の格好じゃねぇなァ…) ウンザリと独りごちる。 兵士達は俺には気付かず、ヘラヘラ四人で談笑しながらのたのたと近寄ってくる。 やがて。 ぴぃぃ――――ん コインが跳ねたような音がして、鉤の付いた小さなフックが宙へ舞い上がった。遠鳴りのような獣声に満ちた密林の中でも、その澄んだ音色はよく響いた。兵士達もその音に気付いた。 そして兵士はフックにも気付いた。キラキラと陽光を浴びて輝く小さなクリップ。目線の高さまで跳ね上がったそれを、地面に落ちるまでの間視線で追って――― 「ヨ」 果たして、彼らが最期に見たのは、足元に絡まっていたワイヤー線か、それとも茂みに隠れていた俺―――クレイモア対人地雷の炸裂する瞬間か。 どちらにしても弾けて散ったのは一瞬だった。密林の静謐を打ち破る大音声がこだまする。 ―――――――――――――――――――――――――――――― 「よう」 気が付いたのはそれからどれ位経った頃か。 黒焦げになった俺のすぐ傍に『先輩』が立っていた。 「先輩…」 先輩は俺と同じクレイモア対人地雷部隊のひとりだが、試作型の最遠隔爆破装置を内蔵された最エリートとして俺達とは一線を画する存在だった。頭に飛び出たアンテナ角がオサレである。 「任務終了だ。帰るぞ」 そう言って、中身が空になった俺の体を担ぎ上げ、愛バイク『迅雷号』のサイドカーに放り込む。 V型64気筒のモンスターバイクは、雷が落ちたような爆音をあげ、熱帯樹を割り箸のように薙ぎ倒しつつ本部基地への帰途に着いた。 ―――――――――――――――――――――――――――――― 地雷君とは! 俺が亮君の絵板に何の気なしに書いた手足付きクレイモア対人地雷である。 以上だ! <目次へ> |